2011年5月28日土曜日

020 / 386 核を売り捌いた男

評価の難しい本。とりあえず、10点満点で6点。

パキスタンのカーン博士といえば、数年前結構ニュースで耳にした名前。核不拡散体制を崩壊させ、核技術や核物質、そして核兵器も含んだブラックマーケットを構築した人物。彼がなぜ核開発を志し、パキスタンの核武装だけで満足せずに核市場を創り上げたのか、丁寧に追っている。

・・・のだが、いかんせん読みにくい。
ただでさえ、人名・国名・組織名・役職名など、聞きなれない固有名詞が大量に出てくる。しかも同名の人物も多く、誰がどの立場でどういう行動をしているのか、読んでいてさっぱりわからない。せめて主要登場人物一覧でも付いていればよかったのだが、それもない。メモをとりながら読まなければ、話についていけなくなる。結局少しずつ読み、読破に一ヶ月かかってしまった。

思い返してみると、なぜカーンがブラックマーケットを構築したのか、その動機はどこにあったのか、分からなくなってしまった。本文中に記載があったのかどうかも覚えていない。中盤以降は、パキスタン政府にとってもアンタッチャブルな存在にまで上り詰めたカーンを、世界(主にアメリカ)がどうやって追い詰めていくのかにページが割かれているが、ここでもパキスタンはカーンを守っているのか疎んでいるのか、わからない。偏に俺の読解力の不足か。

ポイントとしていくつかつかんだのは、

・パキスタンとインドの対立は深刻。核開発は、バングラデシュの独立から始まった。
・イスラム社会は、自由主義社会とは完全に違うロジックで動いている。価値観も、倫理観も。
・パキスタンの核武装は、国家の対立を超えて「イスラムの核獲得」という価値があった。
・西側は、パキスタン(カーン)の力をなめていた。危険水域に入ったことにも気づかず、泳がせすぎた。
・カーンはどうやら、相手を選ばずに核技術の取引をしていた模様。
・北朝鮮は重要な顧客であったようだが、全容は未だわからない。
・9.11テロとイラク戦争は、カーンのネットワークを広げる一因となった。
・イラクの末路を見た、カダフィの武装解除という決断がなければ、カーンは今でも暗躍していたかもしれない。
・本書の山場は、上記のリビア武装解除について。この部分は読みやすく、面白い。
・カーンは、現在でも一部では英雄視されている。

メモをとりながら、腰をすえて読むと又違う発見があるだろう。


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2011年5月14日土曜日

019 / 385 7割は課長にさえなれません

10点満点で、5点。

「終身雇用の幻想」とサブタイトルにあるように、日本独自の人事制度として有名な(悪名高い?)終身雇用の弊害を、これでもかというくらいに書いている。

書いていることそのものは大きく間違っていないと思うし、問題点の指摘はいいと思うのだが・・・考察が浅くないか? 新書の限界なのかもしれないが、まるで中学生のレポートを読んでいるような感覚に襲われた。

終身雇用の弊害については、概ね正しいと思う。不景気でも人は切れない、年長者の収入は削れない、若者の収入を上げることはできない、新人を取ることができない・・・こう言った問題について、なにか手を打つ必要があるというのは同感だ。しかし、「なぜそういう制度になっているのか」に関する考察は、甘い。そして、「なぜこの制度を改革できないのか」についても。

著者は、現在の終身雇用は、労使一体になって作りこんだ制度だと主張している。そしてその現状維持に躍起になっている勢力、既得権益組として挙げているのが経団連、連合、共産党、社民党・・・と。派遣について、非正規社員について声高に主張しているものもいるが、彼らにしても正社員の権利が侵されることになると口をつぐんでしまう、と。経営側と労働者側を同列だと論じ、そこからあふれた者たち(非正規社員)との対立軸を描き出しているのは鮮やかだが、「それはそれで正しいのだ」ということには頭がまわっていない模様。

考えるまでもないことのはずなのだが、基本的には組織というものは、所属する者に対する利益を確保するために動く。経営者が企業の利益を考えるのは当然だし、労働組合が労働者の利益を考えるのも当然。そして、「労働組合に加入していない非正規労働者」は、「労働組合が守るべき対象ではない」ことは、当然の帰結としてわかる話だろう。そして、非正規労働者がたとえ組合を結成したとしても、圧倒的多数の正社員が占める連合(その他労働組合共同体)では発言力が弱い事は、これも当然のこととして理解できるはずだ。つまり、非正規労働者が声をあげるのならば、既存の枠組みから踏み出さないと無駄(あるいは非常に効率が悪い)のだ。それが分かっていないのだろうか。

それともうひとつ、年長者の収入を守るために、若者の収入が制限されているという理屈。それはそれで間違っていないのだが、「年長者は、本来受け取るべきだった収入を今得ている」という側面を忘れてはならない。元々の制度に欠陥があったというべきだが、それでも今年長者の収入を削ることは、「年長者の正当な権利を侵害する」ことにほかならないのだ。だからこそ、「若者の正当な権利を守る」こととの両立が難しいのだ。

この他にも、気になることはたくさんある。

・理工系ナメるな。新人でも、学校で学んだ知識は必要。むしろ出世するとマネジメント能力が重視され、専門知識の比率が下がってくる。知識と技術を持っている人材は、需要もある。
・非正規社員が地位を得るために、自分に投資しろ(勉強しろ、技術をつけろ)というのは精神論なのか? むしろ、「努力しないものは救わない」のは、今後の議論をするに当たり前提とすべきことではないのか? その上で、「どう努力すれば良いのか」を提案するのが、人事コンサルタントの仕事ではないのか?
・著者の提案に対する、ネガティブ面からの考察が全くないが、あえて省略したのか?
・現行制度のデメリットを上げるばかりでなく、メリットとのバランスを比較した上で議論すべきではないのか?
・そもそもこの程度の考察しかしていないで、人事コンサルタントを名乗ったり、あるいは政党で講義しているというのは本当なのか? コンサルタントはともかくとして、政治家はそんなに見る目がないのか?

繰り返すが、新書の限界なのかもしれない。本質的な議論を読みたければ、もっとしっかりした本(あるいは学術論文)を読む必要があるのかもしれない。
いずれにせよ、本書は警鐘を鳴らしてはいるが、それ以上の役には立たない。


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2011年5月6日金曜日

018 / 384 頭脳勝負

10点満点で、8点。

将棋を、数学・パズルに分類していいのかな。

史上4人目の中学生棋士としてデビューした、渡辺明永世竜王の著書。
(本書執筆時点では、永世竜王の称号は獲得していないが)

ボナンザとも戦った著者が、将棋の魅力、将棋の奥深さ、そして将棋を見る楽しみについて語っている。スポーツと違い、頭脳勝負の将棋は「知らないと楽しめない」箇所が多いが、そんなことはないんですよ。見て楽しめるものですよ、と語りかけている。

とはいえ、将棋を楽しむにはせめて、局面の有利不利がわかることが必要。もちろんどこまで先を読んで判断できるかということがそのまま棋力になるのだが、一目でわかる局面くらいは判断したい。どういう見方をすればいいのか、本書にはそのとっかかりが書いてある。駒の動かし方すら怪しい俺には、本書の丁寧な解説でもまだわからないところがとても多いのだが・・・

プロになるまでのハードル、収入、女流棋士やアマチュアとの実力差、封じ手の攻防といった話題から、「和服は高いからスーツのほうがいい」といった話まで、将棋を身近に、そして一歩深く楽しむための導入書。将棋そのものの入門書ではないので、興味のある人が読み物として手に取り、そして次に将棋入門書を手に取る、という位置づけだろう。

巻末には将棋のルールと詰将棋も載っていて、ややお得。


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